深センについてご紹介します。

深セン

「中国のシリコンバレー」とか「起業家の天国」とか言われる町「深セン」についてご存じですか?

はじめまして。麦田国際教育の熊添です。

わたしがはじめて深センに来たのは2012年のことです。

香港国際空港へ到着した後、リムジンバスに乗り深センとのボーダーへ到着し、歩いて深セン側へ入りました。

そのときの印象は、ただゲートをくぐって香港から深センへ入っただけなのに、どうしてこんなにも殺伐とした雰囲気になるのだろうというものでした。

羅湖口岸(口岸とはいわゆる国境のこと)前の広場には、大勢の人が座り込んでいて、油断すると荷物を盗まれるのではないかと心配しました。

しかしそれから7年が経過し、人々の生活はまさに大きく変化しました。

いまでは羅湖口岸に以前のような雰囲気はなく、治安もよくなり人で賑わっています。

またハイテク系の大企業が本社を構え、全中国から若者たちが集まる大都市へと変化しました。

2015年から深センで生活していますが、変化の早さにはびっくりします。

道路や地下鉄はますます便利になりますし、ビルもものすごい勢いで完成していきます。数年深センを離れると、帰ってきたときに迷子になるという人もいるほどです。

そんな深センについてもうすこし掘り下げて説明したいと思います。

中国4大都市の一つ「深セン」

どんな理由で選ばれたのかはわかりませんが、中国4大年というと「北京」「上海」「広州」「深セン」となるそうです。

もっとも人口の多い都市は「重慶」ですので、決して人口で選んだわけではなさそうです。しかも深センに至っては改革開放を宣言した1978年当時、ただの漁村ですから歴史で選ばれたわけでもなさそうです。

ただ1978年からのわずか40年ほどの間に、1人あたりのGDPが中国1位になったことなどが決め手となり選ばれたのかもしれませんね。

広東省なのに広東語が通じないのが深セン

深センの人口は諸説ありますが、2018年の統計では1200万人程度と発表されています。しかし実際に深セン市内で生活していないが、仕事や学校、もしくはその他の理由で深センに滞在している人は2200万人を超えると言われています。

そして1978年までは、ただの漁村と農村でほとんど人口も非常に少なかった事を考えると、今ここで暮らしていたり、仕事をしている人のほとんどが中国の他の都市から来た人々であるといえます。

結果、広東省でありながら広東語が使われていない奇妙な町ができあがりました。

深センは地元の人が非常に少なく、加えて中国全土から人が集まってできたという背景からなのか、おおらかな人が多いように感じます。

中国語の発音が多少まずくても、どこからの来たの〜?って感じで受け入れてくれる人がほとんどです。これが北京とか上海とかになると「はっ?!」と強い口調でつっこまれます。

そういう意味では、外国人も暮らしやすい町といえると思います。

中国を代表する国際都市へと進化の途中。

上海や香港は長らく中国を代表する国際都市と言われてきました。

しかし最近では深センがその地位を奪っているように思います。実際に街を歩けば大勢の外国人を見かけます。欧米の人々だけではなく、アジアの様々な国から来た人々と出会えます。

日本人も多く、ショッピングモールやレストランで日本語で会話している人をよく見かけます。

もちろんただ外国人が多く住んでいるから、深センが国際都市と呼ばれているわけではありません。

今までは製造業の街としてしられていたのが、金融の中心と変化しつつあり、それに伴い、様々なサービスや製品を開発しようとする起業家たちが集まる場所となりました。

結果世界中の投資家や企業家たちの注目が深センに向けられています。

成長著しい深センの様子と生活に役立つ情報をご紹介します。

数年ですべてが変わる街で最新の情報をご紹介!

深セン市内に3カ所の教室を運営する麦田国際教育が、深センの最新情報をご紹介します。出張や観光で来る方だけではなく、深センで生活する人々のお役にも立ちたいと思っています。

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